近年では、コロナ禍の影響もあってネット通販の普及が広まり、EC市場は「物流クライシス」と言われるほど物流需要が高まっています。
しかし、ネット通販の利用が増えることで、配送ロットサイズは小さくなり、時間指定配達も増えるので、運送業の人手不足やトラックの積載率の減少などの課題も比例して大きくなっているという現状があります。
そういった運送業の課題を解決する手段として「フィジカルインターネット」という仕組みが物流業界に革命をもたらすと注目され、大手企業を中心に取り組みが広まっています。
この記事では、政府も推奨しているフィジカルインターネットの意味や、取り組み事例を紹介しますので、ぜひ参考にしてください。
フィジカルインターネットとは
インターネットは、限られた回線を利用して効率よく膨大なデータのやりとりができます。
その仕組みを物流(フィジカル)に置き換えた考え方が「フィジカルインターネット」です。
複数の企業が自社で保有する倉庫やトラックをシェアして、荷物を効率的に輸送するという新しい取り組みで、政府も2021年から本格的に検討を始めて注目を集めています。
今までトラックの荷台に空きがあっても輸送していましたが、フィジカルインターネットを導入することで、1台のトラックに効率よく荷物を積載できるため、荷台の空きスペースが最大限活用されることになります。
フィジカルインターネットが普及することで、トラックドライバーの人手不足の解消や、CO2削減によって環境問題の改善にもつながると期待されている取り組みです。
引用;経済産業省|「物流危機とフィジカルインターネット」
経済産業省・国土交通省の取り組み
2021年10月に、経済産業省と国土交通省が「第一回フィジカルインターネット実現会議」を開催しました。
政府は、ネット通販の増加やトラックドライバーの人手不足によって、2030年には需要量に対して3割以上の荷物が運べなくなる可能性があると発表しており、フィジカルインターネットを普及させることで、物流機能の維持と効率化を目指しています。
フィジカルインターネットが完成すると、物流の効率化だけでなく、CO2削減にもつながるため、環境問題の解決にも貢献すると期待されているのです。
それらの経済効果は、約11〜18兆円にも及ぶというデータも出ているので、フィジカルインターネット実現に向けた政府や企業の取り組みは、今後さらに進むと予測できます。
フィジカルインターネットが注目される背景
政府や企業でフィジカルインターネット実現に向けた取り組みが広まっていますが、ここでは、フィジカルインターネットが注目された背景について、詳しく解説します。
ネット通販の普及により小口宅配の増加
コロナ渦の影響もあり、ネット通販の普及が広まり宅配便の取り扱い件数は大幅に増加しています。
しかし、宅配便の取り扱い個数は、2007年からの10年間で3割以上伸びているにも関わらず、荷量は57.8億トンから47.8億トンに減少しているという国土交通省のデータがあり、その原因として考えられるのが、小口宅配の増加です。
物流量は年々増えていても、小口宅配と時間指定の配送の割合が大きいため、トラックの積載率は直近20年で20%近く減少しているのです。
個々の家庭へ小口の荷物を配達する回数が増えることは、ドライバーの負担も増えるため、運送業のドライバーの人手不足がより深刻化する原因の一つと考えられます。
これからも物流需要は大きくなっていくと想定できるため、その需要に対応していくためにも、フィジカルインターネットの実現が期待されているのです。
“物流業界の「2024年問題」に関して詳しく知りたい方はこちら”
トラックドライバーの人手不足
運送業界は、トラックドライバーの高齢化や離職率の高さ、若年層の新規就業者が少ないといった点から、慢性的に人手不足という問題を抱えていますが、「2024年問題」と呼ばれている法改定で、さらに深刻化すると懸念されています。
また、宅配便の取り扱い件数が増えることによってドライバーの負担も大きくなり、離職率が今よりも増加してしまう可能性があります。
複数の企業が保有する倉庫やトラックをシェアするフィジカルインターネットを導入することで、ドライバーも共有できるため、人手不足の深刻化を止めることができると期待されているのです。
運送業のドライバーの離職率の高さや、定着率を上げる方法を解説したこちらの記事もおすすめです。
「運送業ドライバーの離職率が高い原因は?定着率を向上させるための対策法も解説」
CO2排出による環境問題・ゼロエミッション実現への期待
2021年10月に「地球温暖化対策計画」が閣議決定されたことで、運送業は2030年度までに温室効果ガス35%削減(2013年度からの計算)を目指す必要があり、今後も環境への配慮は求められるでしょう。
物流量は今後さらに増加すると予測できるので、物流量が増えるということはトラックのCO2排出量も必然的に増加してしまいます。
しかし、フィジカルインターネットを実現することで、物流の需要が増えても輸送するトラックの台数を減らすことが可能なため、CO2排出量を削減でき地球温暖化の解決につながると考えられているのです。
実際に、2050年までにCO₂排出実質ゼロを目標としてEUが定めた「ゼロエミッション」でも、2040年にフィジカルインターネットを実現するロードマップが策定されるなど世界でも広まっています。
引用:環境局|ゼロエミッション東京
フィジカルインターネットの導入に必要なこと
フィジカルインターネットが物流業界に革命をもたらす新しい仕組みということを解説してきましたが、実際にフィジカルインターネットを導入するために必要なことや準備しておきたいことを説明します。
物流に関する資産をシェアする
フィジカルインターネットは、複数の企業でトラックや倉庫といった物流資産をシェアします。
複数の同業種の企業が協力して輸送を行う「共同輸送」とも似ていますが、フィジカルインターネットは同業種に限らず個人のドライバーも参入できるなど、よりオープンな共同輸送・配送のことをいいます。
“【関連記事】共同配送に関するメリット・デメリットはこちら”
フィジカルインターネットの特徴は、物流資産(モノ)だけでなく、ドライバー(ヒト)もシェアするため、効率だけでなく安全面も考慮した輸送を実現しなくてはなりません。
一般社団法人フィジカルインターネットセンターのガイドラインでも、「フィジカルインターネットの実現には、行政が主体となりガイドラインを中心としたプラットフォームを示していく必要がある」と記載されており、今後の政府の動きに注目が集まっています。
引用:一般社団法人フィジカルインターネットセンター|物流情報標準ガイドラインについて内「フィジカルインターネットの実現に向けて必要なこと」
配送する荷物のサイズを標準化する
ネット通販が増えると、各家庭にさまざまな形状の荷物を配達することになります。
荷物の大きさや形が異なるとトラックの積載率が下がるため、配送効率が悪くなる上に荷積みの手間も増えるので、ドライバーの負担も大きくなります。
そのため、フィジカルインターネットを実現するためには、商品に合わせて荷物の大きさを標準化して、効率よくトラックの荷台を活用することが重要です。
荷物のサイズの標準化には運送会社だけでは難しいため、荷主の協力が不可欠です。
また、メーカー側も標準化されたサイズに収まる商品開発などが今後求められるでしょう。
配送ルートや倉庫の空き状況など情報システムを整備する
フィジカルインターネットを実現するためには、配送ルートや倉庫の空き状況などをリアルタイムで共有できる情報システムの構築が必要になります。
複数の企業がトラックや倉庫の物流資産をシェアして、効率的な物流を実現するのがフィジカルインターネットなので、配送ルートをドライバーの判断に任せてしまうと効率が下がってしまう可能性があります。
臨機応変に荷物ごとに最適な配送ルートを示してくれる情報共有システムがあれば、急な荷物の追加や変更があっても混乱せずに対応できるでしょう。
フィジカルインターネットの取り組み事例
政府が目指すフィジカルインターネットの実現には、まだ少し時間がかかりそうですが、企業主体のフィジカルインターネットや共同配送の取り組みは国内外で広まっています。
ハウス食品、カゴメなど大手食品会社6社による「F-LINEプロジェクト」
「F-LINEプロジェクト」は、味の素、ハウス食品、カゴメ、日清オイリオグループ、日清製粉ウェルナの大手加工食品会社6社の協議体で、持続可能な加工食品業界の物流プラットフォーム構築を目指しています。
加工食品の物流は、小口宅配やさまざまな形状の荷物が多い上に、納品までに何度も検品をしなくていけないものもあり、ドライバーや倉庫管理者への負担が大きいという課題を抱えています。
それらの課題を解決するために、「F-LINEプロジェクト」では、宅配サイズの標準化や、納品伝票の電子化などを進めていて、これにより物流に関わる従業員の負担軽減と環境負荷軽減の両方の実現が可能になります。
アサヒ、キリン、サッポロ、サントリーの共同配送
アサヒビール、キリンビール、サッポロビール、サントリービールの大手酒造メーカーの4社は、長距離トラックのドライバー不足の解消や、環境に配慮した物流体制の構築を目指して、2017年から北海道の一部の地域で共同物流を開始しています。
具体的な取り組み内容は、JR札幌貨物ターミナル構内にある日本通運の倉庫を4社の共同倉庫(無在庫型)として活用し、4社の荷物をそこに集約して、届け先別に仕分け後配送するという形です。
輸送手段はトラックのみでなく、「輸送コンテナ」を優先的に活用し、荷物の量によって大型トラックやトレーラーも併用して最適な輸送を実現しています。
実際に、4社が調べた「ビール4社配送効率化取組み事例」によると、車両積載率は24%上がり、CO2排出量は28%削減するなど効果がみられています。
引用:アサヒビール・キリンビール・サッポロビール・サントリービール|「ビール4社配送効率化取組み事例」
セブンイレブン、ファミリーマート、ローソンのコンビニ大手3社による共同配送
セブンイレブン、ファミリーマート、ローソンのコンビニ大手3社は、2021年に共同配送の実証実験を開始しました。
2022年には「コンビニ配送センター間での物流共同化」と「買い物困難地域への配送の共同化」の実験を実施しています。
「コンビニ配送センター間での物流共同化」は、都内に作られた共同物流センターに各社の商品を集約し、共同配送用のトラックに積んで効率化されたルートを使い、共同配送のエリア内のコンビニに配送するという内容です。
その実験の結果、自社のみで配送する場合と比較して、配送距離が短縮された上に、CO2排出量の削減やトラックの積載率も改善しており、物流の効率化と環境負荷軽減の効果がみられました。
「買い物困難地域への配送の共同化」は、セブンイレブンとローソンの2社で実施された共同配送の取り組みで、それによりCO2排出量削減に加えて、買い物困難者への対策も目指しています。
引用:株式会社セブン&アイHLDGS.|物流システム_共同配送と温度帯別物流
ヤマト運輸、佐川急便との共同配送
ヤマト運輸と佐川急便は、2020年4月から共同配送を一部地域で開始しました。
共同配送の対象エリアは、長野県松本市安曇上高地、安曇乗鞍、安曇白骨で、各地域は環境配慮の先進地域であり、トラックのCO2排出による環境負荷と、労働人口の減少による配送ネットワーク維持という課題を抱えていたため、その解決策として共同配送の取り組みが実施されました。
配送は、佐川急便がヤマト運輸の配送センターへ荷物を届けて、ヤマト運輸は自社と佐川急便の荷物を集約して配送します。
集荷の場合はその逆で、ヤマト運輸が集荷を行い、自社の配送センターに集約します。佐川急便は、ヤマト運輸の配送センターで自社の荷物を受け取るという仕組みです。
対象地域は、CO2排出量低減による環境負荷への配慮と、両社から配達荷物を1度に受け取れるといったメリットがあり、ヤマト運輸は、配達、集荷する荷物の増加による生産性の向上、佐川急便は、集配業務の効率化と働き方改革の実現というそれぞれにメリットが期待できる取り組みです。
引用:ヤマトホールディングス|ヤマト運輸と佐川急便が4月16日から上高地地域で共同配送をスタート
フィジカルインターネットを導入して、人手不足の解消と効率化を目指そう
物流業界は、トラックドライバーの人手不足やCO2排出量による環境負荷など、解決しなくてはいけないさまざまな課題を抱えています。
物流の新しい仕組みである「フィジカルインターネット」が普及することで、それらの課題解決が目指せるため、政府もロードマップの策定など環境整備を進めているところです。
全国的にフィジカルインターネットが浸透するのはまだ先になりそうですが、情報システムの整備や荷物サイズの標準化など、物流の効率化を目指して自社でできることから検討してみましょう。